大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(う)906号 判決 1960年11月30日

控訴人(原審検察官)

大 津 広 吉

被告人

山 村 キ ノ

弁護人

堀 内 左 馬 太

検察官

平  山   長

坂 本 杢 次

〔第一審〕 横浜地方裁判所横須賀支部

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。但し、本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、末尾に添えた横浜地方検察庁横須賀支部検察官検事大津広吉名義の控訴趣意書と題する書面記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人堀内左馬太名義の答弁書と題する書面記載のとおりであつて、これに対し、当裁判所は、検事の請求により、昭和三十五年六月十四日付被告人に対する法務省入国管理局登録課作成の外国人登録調査書(外国人登録写票添付)、同日付被告人の夫金泳沢に対する同省同局同課作成の外国人登録調査書(登録申請書及び外国人登録写票添付)、昭和二十七年四月十九日付民事甲第四三八号各法務局長及び地方法務局長宛民事局長通達写、昭和三十五年六月二十五日付前橋地方検察庁桐生支部検察事務官の同支部長検事宛の報告書、同年七月四日付同支部検事から東京高等検察庁検事平山長に宛てた「主要食糧配給並保有人口申告書等の認証書類送付について」と題する書面、同年六月二十九日付坂口カヅエの検察事務官に対する供述調書、同年七月十四日付横浜地方検察庁横須賀支部支部長検事大津広吉から東京高等検察庁検察官検事平山長に宛てた「外国人登録法違反被告事件の参考判決の送付について」と題する書面及び証人山根重美、同金泳沢、同徳永秀雄を取り調べ、弁護人の請求により、被告人が現に所持している外国人登録証明書の写真及び金泳沢が現に所持している外国人登録証明書の写真を取り調べた上、次のとおり判断する。

本件起訴状によれば、本件公訴事実は、「被告人は、昭和二十六年六月八日朝鮮人山村良男こと金泳沢と結婚し、同日より外国人となつたものであるから、右同日から三十日以内に当時の住民地の市長桐生市長に対し、外国人登録の申請をしなければならないのに之を怠り、昭和三十二年二月九日迄不法に本邦に在留したものである。」というのであり、その罪名並びに罰条は、「外国人登録法違反、同法第三条第一項、第十八条第一項第一号」であることが明らかである。また、原判決によれば「被告人が昭和六年三月二十日群馬県桐生市浜松町二丁目七百六番地に本籍を有する日本人四辻駒吉を父として出生した日本人であるが、昭和二十六年六月八日朝鮮慶尚北道清道郡梅田面上坪洞八百四十八番地に本籍を有する朝鮮人山村良男こと金泳沢と本邦(桐生市)において婚姻をし、その妻となり、その後今日に至るまで、本邦に在留しているものであることは、群馬県桐生市長前原一治作成の被告人に対する戸籍(除籍)抄本、証人山村良男こと金泳沢、高草木茂、武盛男に対する各尋問調書、右金泳沢の司法巡査に対する供述調書、証人篠原章の当公廷における供述、被告人の当公廷における陳述及び司法巡査に対する供述調書並びに共通法第二条第二項、第三条第一項、法例第十三条第一項、民法第七百三十九条等の規定によつて明らかである。」という事実関係を認定し、被告人が昭和二十六年六月八日前記朝鮮人山村良男こと金泳沢と婚姻をし、その妻となつたことから、はたして日本の国籍を失い、外国人登録法第二条第二項所定の「外国人」となつたものであるかどうかの点について検討することとするとし、三、朝鮮の独立、四、平和条約第二条(a)項の解釈((1)解釈の方法(2)同条項の由来及び規定の精神、(3)戦争終結の結果領土の一部独立の場合の国際法上の原則、(4)同条項によつて日本国籍を喪失した者の範囲、(5)朝鮮に定住しない〔朝鮮人の妻、養子となつた〕日本人の国籍、(6)朝鮮に定住していた〔朝鮮人の妻、養子でない〕日本人の国籍)、五、韓国の国籍及び日本の国籍の得喪、六、国籍の抵触、七、東京高等裁判所の見解(解釈)を採らない理由の各項目の下に、極めて詳細に論じた上、結論として、被告人は「昭和二十七年四月二十八日右平和条約の発効と同時に、韓国の国籍を取得した者ではあるが、なお、日本の国籍を保有する者であるから、いまだ外国人登録法所定の「外国人」とはいえない。」とし、本件公訴事実は犯罪の証明がないから、刑事訴訟法第三百三十六条に則り、被告人に対して無罪の言渡をしなければならないとしていることが明らかである。そして、原判決が右のような結論に到達した筋道が所論援用のとおりであつて、その骨子は、昭和二十六年九月八日成立し、昭和二十七年四月二十八日その効力を生じた日本国と連合国との間の平和条約第二条(a)項により、わが日本の国籍を喪失した者、即ち朝鮮の住民とは、「(一)原則として、古来朝鮮の地域に定住し生存してきた同地域と特殊な地縁関係のある朝鮮民族に属する、その血統にある、いわゆる「朝鮮人」を指すものである。そして、ここにいわゆる『朝鮮人』とは、右朝鮮民族の血統にある朝鮮に本籍のある者をいい、朝鮮民族の血統にある者でも、本来の日本人(狭義の日本人)の妻(または養子、入夫)となつた者は、『本来の日本人』に準じた日本人であつて、これに包含されない。そして、右『朝鮮人』は、同条約の右条項の規定の精神に従い、その右条約発効当時、朝鮮の地域に定住していたと否とにかかわらず同条約の発効と同時に、わが日本の国籍を喪失したものである。が、なお、(二)右原則に対する例外として、右平和条約発効当時同地域に定住し、『朝鮮人』の妻(または養子)となつていた本来の日本人(狭義の日本人)も、前記国際法上の原則に従い右『朝鮮人』に準じて、右朝鮮の『住民』の中に包含され、同条約の発効と同時に、わが日本の国籍を喪失したものである。すなわち、右平和条約の発効により、わが国法上、(一)原則として、朝鮮人(広義の日本人)は日本の国籍を喪失し、本来の日本人(狭義の日本人)は国籍の変更を来さない。ただし、この原則に対する(二)例外として、(1)朝鮮人でも、本来の日本人(狭義の日本人)の妻、養子、入夫となつた者は、国籍の変更を来さず、また(2)本来の日本人でも、朝鮮人(広義の日本人)の妻、養子となり、右平和条約発効当時朝鮮の地域に定住していた者は、日本の国籍を喪失したものであると解するのが相当と考えられるのである。」、「平和条約発効当時『朝鮮人』の妻(または養子)となつていた本来の日本人(狭義の日本人)は、同条約発効の当時、朝鮮の地域に定住していた者でなければ、右条約の発効によつて、日本の国籍を喪失したものではない。」とし、この前提の下に、被告人とその夫金泳沢の婚姻関係及び被告人の国籍に関し、「韓国の戸籍吏に届出がないため、同国の国法上婚姻の効力を生ぜず、被告人は、金泳沢の事実上の妻であるに過ぎなかつたのであろが、夫(わが国法上夫)金泳沢が右平和条約発効と同時に日本の国籍を喪失したため、右平和条約発効と同時に、韓国人金泳沢の妻となつて、韓国の右国籍法第三条の適用を受け、当然韓国の国籍を取得するに至つたものであると解せられる。」、「被告人は、前記日韓併合とは何らの関係もない本来の日本人を父として出生し、旧国籍法第一条の規定により日本の国籍を取得した、朝鮮民族にあらざる、日本民族に属する本来の日本人であつて、被告人が右平和条約発効当時、朝鮮の地域に定住していた者でないことは、本件各証拠によつて明らかであるから、被告人は、右条約の発効により日本の国籍を喪失したものではない。」「被告人は、一方において韓国の国籍を有し、また他方においては日本国の国籍を有するものである。」と論結していることも、所論のとおり、原判決によつて明らかである。

よつて、所論のように、原判決に法令の解釈適用の誤があるかについて検討すれば次のとおりである。

前記のとおり、本件公訴事実は、被告人が昭和二十六年六月八日朝鮮人男子山村良男こと金泳沢と婚姻し、同日から外国人となつたものであるところ、右の日から三十日以内に当時の住居地の市長である桐生市長に対し、外国人登録の申請をしなければならないのに、これを怠り、昭和三十二年二月九日まで不法に在留したものであるというのであつて、その罪名及び罰条には、単に外国人登録法第三条第一項、第十八条第一項第一号が掲げられているに過ぎないが、外国人登録法は、昭和二十七年四月二十八日法律第百二十五号として、同法附則第一項によつて、日本国との平和条約の最初の効力発生の日(昭和二十七年条約第五号日本国との平和条約は、昭和二十六年九月八日締結せられ、昭和二十七年四月二十八日発効)たる昭和二十七年四月二十八日から施行せられ(但し、同法第十四条及び第十八条第一項第八号の規定を除く)、それまでは、同法附則第一項によつて廃止された昭和二十二年勅令第二百七号外国人登録令がなお有効に存続しており、同法附則第三項によつて、同法施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお、従前の例によることとなつているので、罰則の関係では、右外国人登録令(以下旧令と略称する)は、同法施行後も、なお、有効に存続しているものといわなければならないから、右公訴事実のように、旧令と現行外国人登録法(以下単に現行法と略称する)との両者にまたがるような場合には、旧令の期間と現行法の期間とを区別にその法令の解釈適用を論ずるのが相当であると考えられるのである。 先ず、旧令の期間、即ち、日本人女子たる被告人と朝鮮人男子たる山村良男こと金泳沢が昭和二十六年六月八日婚姻してから右平和条約が発効した日である昭和二十七年四月二十八日の前日たる同月二十七日までの期間における旧令の解釈適用について考えてみることとする。

右平和条約が発効するまでは、朝鮮人は、なお日本の国籍を有していたのであるが、旧令の関係では、その第十一条第一項において、「台湾人のうち外務大臣の定めるもの及び朝鮮人は、この勅令の適用については、当分の間、これを外国人とみなす」と規定され、旧令第四条その他の規定に基き外国人登録申請の義務を課せられていたのである。

そこで、日本人女子たる被告人が右のように朝鮮人男子と婚姻したことによつて、右旧令第十一条第一項により外国人とみなされる朝鮮人となり、旧令第四条第一項の規定に基き外国人登録申請の義務が生じたかどうかについて考察してみると、朝鮮人については、日本国が、明治四十三年「韓国合併ニ関スル条約」によつて朝鮮を併合して、これを統治するに至つた関係で朝鮮人も広義の日本人とはなつたのではあるが、朝鮮に施行すべき法令は、いわゆる内地のものと同じものとはせず、それぞれ「朝鮮ニ施行スベキ法令ニ関スル法律」(明治四十四年法律第三十号)に基き、各分野毎に内地のものに必要な変更を加える等の方法により、特別な法令を施行し、朝鮮を内地とは別の法域とし、朝鮮人は、その婚姻に関しては、朝鮮民事令(明治四十五年制令第七号)の適用を受け、その戸籍に関しては、朝鮮戸籍令(大正十一年総督府令第百五十四号)によつて、内地の戸籍とは異なる朝鮮の戸籍が編成されていたのであるから、朝鮮人と狭義の日本人との区別は、右適用法令の区別により、朝鮮民事令の適用を受け、その身分関係につき朝鮮の戸籍に登載せらるべき者(現実には届出の懈怠その他の事由により同戸籍に登載せらるべき者であるのにその登載のない者もあり得るので、これらの者をも含む意味である)であるか、日本民法の適用を受け、内地の戸籍に登載せらるべき者であるかという区別によつて決せらるべきものであつて、日本人女子たる被告人と朝鮮人男子たる金泳沢の婚姻の要件に関しては、共通法(大正七年法律第三十九号)第二条第二項及び法例第十三条第一項に基き、被告人については日本民法を適用し、金泳沢については朝鮮民事令を適用し、その婚姻の方式は、右共通法第二条第二項、法例第十三条第一項但書によつて婚姻挙行地の法令たる日本民法に従うべく、その戸籍上の取扱は、被告人の分は、婚姻の届出により戸籍法に従い内地の戸籍の記載を抹消して除籍し、被告人の夫たる金泳沢の朝鮮の戸籍に妻として入籍すべきものであり、金泳沢の分は、同人の戸籍に、被告人と婚姻した旨登載せらるべきものである(昭和二十三年一月現行戸籍法の施行に伴い旧戸籍法〔大正三年法律第二六号〕上認められていた入籍通知の制度が廃止されたばかりでなく、終戦後日本内地と朝鮮との間に、正常な通信、交通が社絶していたことは当裁判所に顕著な事実であるから、被告人と金泳沢の本件婚姻について自由に朝鮮に登載する手続を履践し得なかつたものと考えられるのであるが、現実に朝鮮の戸籍に登載されていなくても、被告人については、後記判断のとおり、婚姻の届出により、被告人の内地の戸籍は除籍されているのであるから、金泳沢との婚姻は有効に成立しているものと解せられ、その夫たる金泳沢の朝鮮の戸籍に入籍してこれに登載せらるべき事由が生じているものと解し得るのである。)から、被告人は、右婚姻により朝鮮人となつたものというべきであり、旧令第十一条第一項によつて、外国人とみなされ、旧令第四条によつて、十四日以内に所定の外国人登録の申請をすべき義務が生じたものといわなければならない。(前記のとおり、公訴事実では、右婚姻により被告人が直ちに外国人となつたものとされているが、右のように、朝鮮人となつたことによつて外国人とみなされるのである。)そして、この登録申請義務は、のちに被告人が平和条約の発効によつて日本の国籍を喪失したか否かによつて影響を受けることはないものといわなければならない。即ち、被告人は、右婚姻によつて朝鮮人となつた昭和二十六年六月八日から昭和二十七年四月二十七日までの間、即ち、旧令の有効に存続していた期間内において、右登録申請義務を懈怠したことになるのである。

次に、現行法の期間、即ち、平和条約発効の日たる昭和二十七年四月二十八日から昭和三十二年二月九日(この日は、本件記録中、被告人の外国人登録申請書写〔記録八丁〕及び外国人登録証明書写真〔当審における弁護人の答弁書添付のもの〕によれば、被告人が、当時の居住地の市長である神奈川県逗子市長に対し、外国人登録申請をして受理された日である)における現行法の解釈適用について検討する。

現行法は、前記のとおり、旧令を廃止し、その第二条第二項で、この法律において「外国人」とは、一定の除外例にあたる者以外の日本の国籍を有しないものをいうと定義しているが、被告人はこの除外例にあたる者でないことは記録上明らかである。そこで、同法第三条に基き被告人が外国人登録申請義務を負うに至つたか否かは、現行法の解釈において、平和条約によつて被告人が日本の国籍を失つて外国人となつたか否かにかかつているのである。原判決のいうように二重国籍を生じ、日本の国籍を失つていなければ、現行法の外国人登録申請義務はないものと思われるのであるが、その理由を考えてみると、この点についても、戸籍法による戸籍に密接な関連があるものと考えられるのである。即ち、外国人には戸籍法や住民登録法の適用がなく、戸籍や住民登録によつて、その身分関係を明らかにすることができないので、現行法第一条は、本法に在留する外国人の登録を実施することによつて外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もつて在留外国人の公正な管理に資することを目的とするとしているものと考えられるし、戸籍法は、すべての日本国民の身分関係は、戸籍簿に記載されることを立前とし、住民登録法は、すべての日本国民に住民登録をさせる立前となつており、これは日本国籍のほかに他の国籍を有するいわゆる二重国籍人である場合でもそうであると解せられ、二重国籍を有する者には、戸籍や住民登録があれば、これによつて、身分関係及び居住関係を明らかにすることができるので、更に外国人登録をさせるまでの必要がないと解せられるからである。(戸籍法第二十三条は国籍の喪失を除籍の事由とし、第十四節第百二条乃至第百五条に国籍の得喪についての届出等につき規定を設け、国籍と戸籍との密接な関連を明らかにしている。)平和条約の発効によつて、朝鮮が独立することとなつたため、朝鮮人の国籍がどうなつたかという問題をわが国内法の立場において、解決するについては、同条約第二項(a)項に、日本国は、朝鮮の独立を承認して、……朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄するとあるだけで、明文がなく、また、特別の条約などもないので、一般論として、この問題を解決することは、極めて困難なものがある。本来、この種の国籍の問題は、日本国と日本国が平和条約によつてその独立を承認した旧朝鮮即ち韓国との間の国際条約によつて正式に決定さるべき問題で、その正式決定のあるまでは、わが国内法においては、右平和条約の条項と国際法上の領土割譲その他の原因による国家の独立の際におけるその独立した国家の国民となるべき者の範囲、即ち、新国籍の決定、これと従前その地域が属していた国の国籍喪失の問題とに関する国際法上の慣例によつてこれを決するほかはない。けだし、わが国内法においてこの問題を一般的に解決するための法令は現在存在しないのであつて、旧国籍法はもとより、新国籍法も、朝鮮独立に関して生すべき国籍の喪失については規定していないものと考えられるからである。そこで、この問題について考えてみると、朝鮮は、前記平和条約によつて、わが国が独立を承認したのであるから、国際法上の慣例に従つて、従前の日韓併合の経緯に加うるに、日本が受諾したポツダム宣言及びこれに句含せられるカイロ宣言の趣旨を参酌し、韓国の国籍を取得し、日本国籍を喪失するに至るべき者は(朝鮮の独立のように、わが国がその領土を割譲し、その独立を承認する場合には、二重国籍を認めるべきものではなく、新たに韓国の国籍を取得するか、日本国籍を保有して、韓国の国籍を取得しないものとするかいずれかに解決すべきものと考えられるのである)、所論援用の東京高等裁判所昭和三十四年八月八日の二つの判例(同年(う)第一、七七三号高等裁判所判例集第一二巻七号六九二頁及び同年(う)第二、三五〇号)の判示するように、朝鮮人として、日韓併合当時において韓国籍を有していた者及び日韓併合なかりせば、当然韓国籍を得たであろう者のすべてを包含するものと解するを相当とすべく、また、日韓併合なかりせば、当然韓国籍を得たであろう者のうちには、日韓併合後朝鮮の戸籍に登載された者及び朝鮮の戸籍に登載せらるべき事由の生じた者を包含するものと解するのを相当とするのである。右は一般論であつて、正式の条約により別異の定めをすることができることはいうまでもない。またわが国内法の特別の分野において、正式の条約が成立するに至るまで朝鮮人の国籍について特別の規定を置くことを妨げるものでもない。前記外国人登録法の現行法については、同法の前記目的に従つて、朝鮮人の国籍について、一般論とは別に、現行法独自の解釈適用をすることができるのであり、現行法の外国人は、一般論の原則を参考としつつも、同法に即した解釈適用をするのが正当な解釈の態度であると考えられるのである。現行法の外国人の範囲は、前記のとおり、外国人とは原則としてわが国の国籍を有しない者であると定義しているに止まるのであり、(除外例にあたる者も一般論としては外国人であるが、これを除外している点で特別の規定であるといえないわけではない。)朝鮮人が外国人となるか否かについて明文を置いていないのであるが、前記一般論としての朝鮮人の国籍に関する原則と前記戸籍法、住民登録法の精神を参酌して規定したと認められる現行法の第一条の目的に照らせば、現行法の外国人の範囲も、将来条約によつてこの問題が解決されるまでは、前記の一般論の場合と同様に、朝鮮人として、日韓併合当時において韓国籍を有していた者及び日韓併合なかりせば、当然韓国籍を取得したであろう者のすべてを包含するものと解すべく、日韓併合なかりせば当然韓国籍を取得したであろう者のうちには、日韓併合後朝鮮の戸籍に登載された者及び朝鮮の戸籍に登載せらるべき事由の生じた者を包含するものと解すべく、これらの者は、現行法の外国人となつたものと解するのを相当とする。被告人は、前記判断のとおり、朝鮮人男子たる金泳沢と昭和二十六年六月八日有効な婚姻をしたことにより、前記日韓併合後期鮮の戸籍に登載せらるべき事由を生じた者であり、わが戸籍法上は、右婚姻を原因として、わが国の戸籍から除籍されたものであるから、平和条約の発効によつて現行法の外国人となつたものと解すべきである。従つて、被告人は、平和条約発効によつて外国人となつたものとして、現行法第三条第一項の規定によつて、平和条約発効の日たる昭和二十七年四月二十八日から三十日以内に所定の外国人登録を申請すべき義務があるものとしなければならない。

なお、旧令及び現行法の期間を通じ、被告人が外国人登録申請義務を履行していないことは、本件記録にあらわれた証拠上明白なところであり、これに対する被告人及び金泳沢の警察や原審における各供述はこれを措信することができない。

以上の判断とおりであるから、検察官の所論、即ち、平和条約により朝鮮が独立したことに伴う国籍の変動は単に同地域の住民のみを基準とすべきではなく、日韓併合当時において韓国籍を有していた者及び日韓併合がなかつたならば当然韓国籍を得た者は、すべて朝鮮国を形成する国民として朝鮮国籍を取得し、日本国籍を離脱したものと解すべきである、日韓併合時における朝鮮には、民籍法が施行されており、韓国人たる身分を有する者は、血統主義、家族主義を採用した同法に基く民籍に登載すべきものとされており、また、日韓併合後は、これに代るものとして、朝鮮戸籍令が施行されており、内地との連絡について共通法が働いていた、従来等しく日本国籍を有するといつても、内地人、朝鮮人の身分上の区別があり、朝鮮人は朝鮮に本籍を持ち、内地に本籍を有することがなく、内地に転籍することが許されず、内地人は内地に本籍を持ち、朝鮮に転籍することは許されなかつたのである。この身分関係を前提として、外国人登録等の行政措置が取られていたのであるから、平和条約の発効によつて日本国籍を喪失する朝鮮人は前記のように解するのが相当であるとする所論は正当である。

右の判断に照らせば、前記説明の原判決の法令の解釈適用には、旧令及び現行法を通じ、誤があるものと解せられ、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

なお、付言すれば、被告人が日本の国籍を喪失して外国人となつたのは、朝鮮の独立に伴う帰結であつて、憲法が国民に保障する国籍の保有及び離脱の自由を侵害するものではなく、また、被告人と金泳沢との前記婚姻が行われた昭和二十六年六月八日当時には、現行国籍法があり、同法八条によれば、日本人女子が外国人と婚姻しても当然には日本の国籍を失うものではないと解せられるが、各婚姻は平和条約発行前であつて、朝鮮人も広義の日本人として日本の国籍を持つていた間に行われたものであるから、右国籍法上の外国人との婚姻にあたらず、同法第八条の適用の余地はないものといわなければならない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十条によつて原判決を破棄するが、当裁判所は、訴訟記録並びに原審及び当審において取り調べた証拠によつて直ちに判決することができるものと認めるので、同法第四百条但書によつて、本件について更に判決することとする。

当裁判所が認定した犯罪事実は、次のとおりである。

被告人は、昭和六年三月二十日群馬県桐生市浜松町七百六番地に本籍を有する日本人四辻駒吉を父として出生した日本人であつたが、昭和二十六年六月八日朝鮮慶尚北道清道郡梅田面上坪洞八百四十八番地に本籍を有する朝鮮人山村良男こと金泳沢と本邦内の群馬県桐生市において日本民法による婚姻届をして婚姻したことによつてその妻となり、日本の戸籍から除籍され、その夫たる金泳沢の各朝鮮の戸籍に入籍登載さるべき事由が生じたものとして、旧令第十一条第一項の規定による外国人とみなされ、次いで、昭和二十七年四月二十八日平和条約の発効により、右朝鮮の戸籍に入籍登載さるべきものとして、韓国の国籍を取得し、日本の国籍を喪失し、現行法第二条第二項の外国人となつたものであるから、旧令第四条第一項及び現行法第三条第一項により、それぞれ、所定の外国人登録申請をすべき義務があるのに、旧令については、右婚姻の日たる昭和二十六年六月八日から十四日以内に、現行法については、右平和条約発効の日たる昭和二十七年四月二十八日から三十日以内に、いずれも、当時の居住番地の市長たる群馬県桐生市長に対し所定の外国人登録申請をすることを怠り、昭和三十二年二月九日まで不法に本邦に在留したものである。

(証拠説明省略)

被告人の右所為に対して法令を適用すると、前記判断のとおり、被告人が金泳沢と婚姻した昭和二十六年六月八日から昭和二十七年四月二十七日までの外国人登録不申請の点は、現行法附則第三項旧令第四条第一項、第十三条第一号、罰金等臨時措置法第二条、第四条に、平和条約発効の日である昭和二十七年四月二十八日から昭和三十二年二月九日までの外国人登録不申請の点は、現行法第三条第一項、第十八条第一項第一号、罰金等臨時措置法第二条、第四条に該当するが、右旧令の不申請罪と現行法の不申請罪とは、前後継続し、その構成要件においてほとんど異なるところがなく、その性質、目的を同じくするものであるから、被告人の右旧令及び現行法にまたがる不申請罪は、これを包括して一個の不申請罪と解すべく、これに対しては旧令と現行法との間に条数や刑罰の多少の変更があつても、刑法第六条によつて新旧比照をしないで、現行法のみを適用して処断するのを相当とするから、現行法を適用し、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で、被告人を罰金二千円に処し、刑法第十八条によつて、右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、本件不申請罪は、被告人やその夫金泳沢の法律知識の不充分から出たものであつて、その情状には、同情の余地が充分あるものと考えられるので、刑法第二十五条第一項によつて、本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし、なお、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書によつて、許訟費用(原審の分はなく当審の分のみ)は、被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

裁判長判事 下 村 三 郎

判事 高 野 重 秋

判事 真 野 英 一

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例